損害賠償条項における「損害」の概念(まとめ)

損害概念に関し、何が多くの人を悩ませているか

財産的損害・精神的損害のように純粋に損害の種類や属性によって損害が分類されている限りは、皆さんも悩むことはないと思います。しかし、上で指摘したとおり、因果関係の要素を取り込んだ損害の概念がいくつも存在することが、多くの人を悩ませているのではないかと思います。これが本記事で指摘したいことです。この悩みは、相当因果関係説、保護範囲説といった損害と因果関係をめぐる民法解釈上の議論に繋がるのかもしれません。

そもそも、民法が定める通常損害や特別損害ですら、「これによって通常生ずべき損害」、「特別の事情によって生じた損害」といった形で因果関係を一部取り込んだ概念であることは明らかです。それも踏まえると、損害という言葉を修飾する「通常」、「特別」、「直接」、「間接」、「積極」、「消極」という言葉は、おそらく因果関係の性質や相違による分類であろうと一応理解できるものの、決してクリアカットに整理できるものではない、逆に言えば、協議や議論の中で確定していくしかない概念だといえます。

民法が通常損害・特別損害という概念を基軸にする一方で、直接損害・間接損害、積極損害・消極損害といった因果関係を取り込んだ損害概念がいくつも存在することが多くの方を悩ませているようですが、契約書のワーディングということに関していえば、これらの各損害概念の意味や意義に関して論理的な答えを追及する実益は乏しいと思います。むしろ、契約解釈の議論となった際にどのような主張や抗弁が可能かというテクニカルな側面で捉えるべきと思います。

具体的な思考法としては、以前の記事で解説したように各損害概念について一応頭の中で整理しつつ、「賠償範囲は通常かつ直接的に生じた損害に限る」と書くと逸失利益の損害はどうなるか、「間接損害は含まれない」と書くことで逸失利益の損害の主張や特別損害の主張の排除に使えるか、「現実に生じた」と記載することで逸失利益の損失のような仮定的な因果関係の損害の排除に使えるか、「逸失利益の損害、機会損失等の特別損害及び間接損害は含まれない」と書けば議論の余地がかなり減るか、「予見可能性の有無にかかわらず」を加えるとどうなるか、加えないとどうなるかといったことについて、どういう主張や抗弁が可能となるかという具体的イメージをもって考えることが重要です。

裁判については別の要素も

以前の記事でも述べたとおり、裁判実務にはドイツ法的解釈の影響が残っているため、裁判における損害賠償の範囲については次の式が付加されます。

= 履行利益 ≦ 差額説に基づく損害額

履行利益・信頼利益は、以前の記事で説明したとおり、ドイツ法的な損害賠償論を前提とする概念で、少なくとも契約が有効に成立している限り、損害は履行利益を指すので意識する必要はありません。

ドイツ法は損害賠償を原状回復的に考え、「損害=原状-現状」という「差額説」のコンセプトを基礎に損害額を算定しますが、日本の裁判実務ではこの考えが強いということは頭に置く必要があります。また、上の不等式で特に重要なのは、日本の裁判実務は、損害賠償額が総額として差額説の範囲内にあればよいという考えではなく(本家ドイツにはそういう考えもあるようです)、当事者が請求している個別損害項目ごとに差額を計算して個別損害項目ごとに差額説の範疇に収まっていることを求めるという厳格な意味での差額説の傾向が強いとされている点です。当否はともかく、日本の裁判実務に文化のような形で根付いてしまっているので、対応していくしかありません。

まとめのまとめ

今回、損害賠償条項における「損害」の概念について改めてまとめてみましたが、契約実務という面に限って結論をもう一度言うと、それぞれの損害概念について理論的、法理的な正しさや正解を追及する実益は乏しく、債務不履行事象が実際に生じた場合に、契約条項に関しどのような主張や抗弁が可能かという戦略的・戦術的な視点で考える方が重要ということになります。いずれにしても、通常損害・特別損害、直接損害・間接損害、積極損害・消極損害について、過度に悩む必要はないと思います。

弁護士 林 康司

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