国際契約における準拠法条項・紛争解決条項

国際的な取引契約書において、どの国の法律を準拠法とするか、紛争解決方法としてどの手続(通常は裁判か仲裁)を選択するか、どの場所を裁判地・仲裁地とするかについては、一般的にはフラットな議論になることが多いと思います。

つまり、各当事者は、自国法を準拠法に、自国を裁判地・仲裁地とすることを望み、最終的には、契約交渉上どちらの当事者が優位にあるかというレベルで決定されることが多いと思います。

この場合、準拠法ももちろん大事ですが、紛争に対応する現実の負担やリスクということを考えると、紛争解決条項をどうするかの方がシリアスな問題をはらんでいます。そのため、準拠法を相手国法とする代わりに裁判地・仲裁地を日本とすることを主張したり、或いは、裁判や仲裁を起こされる側の本拠地を裁判地・仲裁地とする、もしくは、第三国(東南アジア諸国の当事者との契約でのシンガポールなど)を裁判地・仲裁地とすると主張することを考えることになります。

なお、国際的な物の売買契約についてはウィーン売買条約(国際物品売買契約に関する国連条約、CISG)の適用や適用排除が問題となりますので、準拠法選択の際には注意が必要です。

相手が中国企業の場合

相手が中国(中華人民共和国)の当事者の場合は注意が必要です。

中国法上、当事者双方が中国企業(日本企業の現地法人も中国企業と取り扱われます)の場合、特別の海外的要素がなければ、中国法が準拠法となり、当事者の合意で中国法以外の法律を選択することができません。紛争解決方法についても、例えば仲裁による場合、中国の仲裁機関を選定しなければなりません。

当事者の一方が中国企業、他方が日本企業の場合、準拠法を選定することができるため、日本法を準拠法とすることも可能です。

問題は紛争解決条項です。日本と中国の間には、それぞれの国での判決を相互に承認するという二国間協定や条約がないため、日本で勝訴判決を得ても中国でそれが承認されません。承認されないとは、判決に基づく強制執行ができないという意味です。つまり、日本で中国企業に勝訴しても、中国でその中国企業に対し勝訴判決に基づく強制執行をすることができません。逆も同様で、中国での判決を日本で執行することもできません。

他方、仲裁手続については、中国も日本も同じ国際条約(ニューヨーク条約)に加盟しているため、どちらの国の仲裁機関でなされた仲裁判断であっても承認されます。ただ、日本での仲裁判断の中国での執行が拒否されたケースもありますので一定の注意は必要です。

このため、紛争解決の中国における実効性を真剣に考える必要がある場合、日本での裁判ではなく、①日本での仲裁、②中国での仲裁、③中国での裁判から選択することを検討する必要があります。

日本企業は日本での仲裁を第一に主張することになると思いますが、この場合、日本商事仲裁協会(JCAA)を仲裁機関とすることが多いです。

中国を仲裁地とする場合は、対応の便利さや判断の質から、北京の中国国際経済貿易仲裁委員会、上海国際経済貿易仲裁委員会、深圳の華南国際経済貿易仲裁委員会のいずれかを仲裁機関とする場合が多いと思います。また、仲裁手続の長期化傾向などから、近年は北京、上海などの人民法院における裁判というのも現実的な選択肢だとされています。

もう一歩進んで考えてみると

上で説明したのは法律的な観点からの原則論です。

実際に国際仲裁事件に携わると分かりますが、たとえ日本を仲裁地としても、国際仲裁は非常にコストがかかりますし、対応のために必要とされる時間や労力も大きいです。中国での国際仲裁であればなおさらです。日本での裁判の方がコストは抑えられ、かつ、日本の裁判では日本語の使用が強制されますし、対応に要する労力や時間も国際仲裁に比べてずっと小さいです。

スピード感についても、少なくとも東京地裁での最近の傾向や和解による早期解決の可能性などを踏まえれば、また、原告が争点整理や審理進行に適切かつ効果的に対応すれば、国際仲裁手続の方が迅速と一概には言えません。

中国企業との契約における紛争解決条項について考える上で大事なポイントの一つは、中国における執行をどれだけ真剣に考える必要があるかです。

例えば、秘密保持契約(NDA)に関していえば、NDA違反について訴訟や仲裁をしたり、それを中国で執行するという事態は殆ど考えられません。その理由は、そもそも守秘義務違反は立証のハードルが高いこと(秘密情報が相手から流出したことを立証することの難しさ)や、たとえこれが立証できたとしても、情報流出が具体的な損害に繋がったことを立証するハードルの高さにあります。この二重の立証の難しさから、NDA違反についての訴訟や仲裁というのは、提起することはもちろんできますが、実効性をあまり期待できません。

このことから、例えばNDAについては、判決や仲裁判断の中国での執行は想定しないと割り切ってしまい、むしろ、日本企業にとって「自陣地での慣れた戦い」である日本での裁判という紛争解決方法を敢えて専属的に選択し、相手に国際仲裁や相手国での裁判を申し立てる選択肢を与えないというのもあり得ると思われます。

また、相手が米国各州、欧州各国、アジア諸国の当事者である場合を含め、裁判か仲裁かという手続の選択についても、もし本当に紛争になった場合の負荷やリスクということを真剣に考えた上で選択をすべきです。

国際的な取引について最近は国際仲裁を紛争解決手段として選択することが一種の流行のようになっているように感じられますが、実際に紛争になってから後悔しないために、法律的な観点だけでなく、戦略的な観点からの検討も必要です。

弁護士 林 康司