損害賠償条項における「損害」の概念(まとめ)
以前の記事「損害賠償条項における「損害」の概念」(⇒リンク)は、幸いなことに多くの方にお読みいただき、読まれた方から、「いろいろな損害概念の相互関係が分からない。例えば「通常かつ直接の損害に限る」という条項は意味があるのか。」、「説明を分かりやすくまとめて欲しい」、「ヴィジュアル化して欲しい」といった要望もいただきました。
ビジュアル化は私には無理ですが、若干の整理とまとめを今回やってみたいと思います。また、損害概念に関し、何が皆さんを悩ませているかについて、私なりに述べてみようと思います。
損害概念の相互関係
損害賠償の範囲について、民法416条は次のように規定しています。
民法第416条(損害賠償の範囲)
1. 債務の不履行に対する損害賠償の請求は、これによって通常生ずべき損害の賠償をさせることをその目的とする。
2. 特別の事情によって生じた損害であっても、当事者がその事情を予見すべきであったときは、債権者は、その賠償を請求することができる。
これを数式で表すと次のように表現できます。
損害賠償の範囲=(通常損害+特別損害×予見可能性)×因果関係
ここで、条文上は、予見可能性と因果関係は「ない」か「ある」のいずれかですので「0」か「1」のいずれかです。予見可能性や因果関係が0と1の間の値をとることができるかは、「割合的予見可能性」や「割合的因果関係」が認められるかという議論であり、法解釈上の論点です。
上の式で、「損害」を共通項と見て括弧の外に出し、また、特別損害×予見可能性を予見可能な特別損害とまとめると以下の式になります。
=(通常+予見可能な特別)×損害×因果関係
上の式で下線を引いた「損害×因果関係」の部分がポイントです。損害概念の中には因果関係という要素を取り込んだものがあるからです。典型的なものは逸失利益の喪失などの消極損害であり、これは「債務不履行がなければ本来得られたはず」という仮定的な因果関係を取り込んだ損害概念です。また、直接損害は直接的な因果関係の損害、間接損害は間接的・派生的な因果関係の損害と理解する法律家が多いことは、以前の記事で書いたとおりです。
このように、直接損害・間接損害、積極損害・消極損害がいずれも因果関係の要素を取り込んだ概念だとすると、上の式は「損害×因果関係」の部分を置き換えて以下のように変形できます。
=(通常+予見可能な特別)×(直接損害+間接損害+積極損害+消極損害)
この式を展開すると、以下のように8つの概念が出てきます。
=通常×直接損害+予見可能な特別×直接損害+通常×間接損害+予見可能な特別×間接損害+通常×積極損害+予見可能な特別×積極損害+通常×消極損害+予見可能な特別×消極損害
8つの項目がずらずらと並んでいますが、例えば、通常×直接損害は「通常かつ直接の損害」という意味で、予見可能な特別×消極損害は「消極損害たる特別損害で、かつ、その原因となった特別事情が予見可能なもの」を意味します。
また、例えば、積極損害(いわゆる実損)は基本的に通常損害といえるので、予見可能な特別×積極損害はそれほど問題にならず、通常×積極損害と考えれば足りることになります。
物の売買における転売利益の喪失は消極損害(逸失利益の損害)の一種ですが、裁判例上、物が転売が予定された動産や販売用不動産の場合や、買主が他者に転売をする商人であるような場合には、通常損害、つまり、通常×消極損害となる可能性が高く、そうでない場合は予見可能な特別×消極損害に当たるかという議論になります。
これらの式の操作は、論点を整理したり、契約書のワーディングについて考えたりするための一つの材料に過ぎず、それ自体に深い意味はありません。「通常かつ直接の損害」とは何だろう、「通常の消極損害」とは何だろうなどと考えてみるきっかけでしかありません。