取締役の解任

株主と取締役の間に軋轢が生じ、その結果として取締役が解任されるという状況に、企業法務では時として遭遇します。

この論点は古くからあるものですが、近年、解任された取締役が損害賠償を求めた事案で、東京地方裁判所商事部(民事第8部)が幾つか判例を出したことから(平成27年6月22日、平成29年1月26日)、少し議論がなされています。なお、前者の判決では3188万円及び遅延損害金の賠償が、後者の判決では2億200万円及び遅延損害金の賠償が認められています。

私は、この後者の事件の原告代理人を務めましたが、研究者の先生方は、この事件の判決(東京地裁平成29年1月26日判決)を「原告の請求を認めすぎ」と批判しています。代理人を務めた私自身はこの事件で原告が勝つのには理由があると思っており、批判をクールに眺めていました。

そのような中で、東京大学法学部の加藤貴仁教授が昨年公表した論文「取締役任用契約による利害調整の意義と限界:会社法339条2項に関する最近の下級審裁判例を題材として」(法曹時報 72巻5号879~927頁 2020年5月)で鋭い指摘をされているのに接したため、この論点を取り上げることにします。

解任の自由 – 資本の論理

まず、前提的な論点として「解任の有効性自体を争えないか」という相談を受けることがあります。確かに手続の瑕疵や誤りなどを主張していったんは解任の有効性を争うことができるかもしれませんが、最終的には多数株主が解任に賛成している限り解任の有効性を争うことは困難です。

日本の会社法は、おそらく世界的に見てもかなり徹底した形で資本主義、資本の論理に基づいています。その傾向は裁判所において一層顕著です。時代劇の影響かもしれませんが、「裁判所では人情が通るのではないか」という期待を持たれる方がいますが、少なくとも会社の内部紛争についてはそうではありません。

会社の内部紛争に関して日本の裁判所は徹底して資本の論理に従った判断をします。取締役が長年にわたって会社に多大な貢献をしていたり、株主の行動が信義に反すると感じられるような場合であっても、会社のあり方については資本の論理、つまり多数株主の意見によって決定されます。取締役を誰にするかは、会社のあり方にとっての重大事項であり、したがって、多数株主の意見は絶対的です。

会社法は、その339条1項で、「役員及び会計監査人は、いつでも、株主総会の決議によって解任することができる。」と規定しています。このシンプルかつ冷酷な規定が資本の論理です。「解任の有効性自体を争えないか」という質問には、心情的にどれほど同情できるケースであっても、「極めて困難」と答えざるを得ません。

会社法339条2項 – 解任の自由とのバランス

とはいえ、多数株主に文字どおりのフリーハンドの解任権限を認めることは、取締役の地位をあまりに不安定なものとします。このため会社法は、339条2項に、「前項の規定により解任された者は、その解任について正当な理由がある場合を除き、株式会社に対し、解任によって生じた損害の賠償を請求することができる。」という規定を置いています。

つまり、会社法は、資本の論理に基づいて取締役等を解任する自由を多数株主に認める一方で、解任された取締役等が損害賠償を会社に請求できるとしてバランスを取っています。そして、この「バランス」は、過失責任原則といった法の基本原則というより政策論に基づくものであるため、会社の取締役に対する損害賠償責任は会社法によって特別に認められた「法定責任」であると理解されています。

解任された取締役の損害賠償請求が認められる条件、範囲

解任された取締役の損害賠償請求が認められる要件は、解任に「正当な理由」がないことです。裁判例上、この正当な理由はかなり制限的に解釈されており、具体的には、役員の不正行為、法令定款違反行為、心身の故障、職務への著しい不適任、著しい経営上の判断の誤りといった事由に限定されています。これは、正当な理由を広く認めてしまうと、会社法339条2項の目的である解任の自由とのバランスがそもそも取れなくなってしまうためと思われます。

なお、冒頭に挙げた東京地裁平成27年6月22日判決は、正当な理由は業務執行の障害となるべき客観的状況の有無により判断すべきであり、多数株主との信頼関係の喪失は正当な理由とならないと述べていますが、会社法339条2項の趣旨からすれば当然でしょう。

会社法339条2項の最大の論点は、どこまでの損害賠償が認められるかです。通説判例は、取締役を解任されなければ残存任期中及び任期満了時に得られたであろう利益の喪失による損害としています。具体的な適用場面ではさまざまな議論がありますが、大枠としては異論がありません。

取締役任用契約

最近特に議論されているのは「取締役任用契約」との関係です。取締役に就任する際、会社もしくは株主と就任予定者との間で、取締役就任の前提、任期、報酬、退任の条件、退職金などを取り決める契約が取締役任用契約です。

会社や株主と就任予定者が口頭で確認する程度であることも多いですが(それが紛争の原因になることも少なくありません)、最近は取締役任用契約を書面で締結することが増えています。

冒頭に挙げた裁判例のうち、平成27年6月22日判決の事案で、被告は株主と就任予定者との間に口頭での特別の契約(準委任契約)があり、この契約が解除されたことをもって解任には正当な理由があると主張しました。判決は、会社と就任予定者との間の取締役任用契約は認定したものの(就任依頼と承諾がある以上、これは当然です)、株主と就任予定者との間で被告が主張するような準委任契約が成立したとは認められないとしました。もし会社と就任予定者が書面により任用条件をしっかりと確認していれば、結論は変わったかもしれません。

私が担当した事案についての平成29年1月26日判決では、会社が、株主の了承を得て取締役任用契約を就任予定者と締結したことが認定されています。平成27年6月22日判決を踏まえて、この点の主張立証はかなり意識して行いました。

この事案での大きな論点の一つは、取締役任用契約で定められていることが解任の正当理由の有無や損害賠償の範囲にどのように影響するかでした。判決では、取締役任用契約に早期退任に関する条項があっても解任に正当な理由があるとはいえず、また、取締役任用契約に退任時に会社が支払うべき金額が明記されていても、それを超える損害がある場合には会社はそれを賠償しなければならないとされました。このことが、特に会社・株主の想定に反するのではないかというのが研究者からの主な批判です。

あるべき視座

会社法339条2項の損害賠償責任が法定責任とされていることの影響で、当事者間の取決めを軽視しているのではないかというのが研究者の批判の骨子です。しかし、会社と就任予定者が何らかの取決めさえすれば会社法339条2項が排除されるとしてしまうのは、同条項が目的とする解任の自由とのバランスという観点から疑問を感じるところです。

加藤貴仁教授の論考は、おそらく同様の問題意識から、会社法339条2項が取締役の地位の保障という観点で果たすべき役割を踏まえて、取締役任用契約をどのように位置づけるかを個別具体的に検討すべきというもので、大変示唆に富んでいます。就任時にどのような取締役任用契約を締結すべきかや今後の裁判実務への影響は少なくないと思います。加藤教授の論考の詳細をここでは紹介しませんが、気になる方は是非ご覧になることをお勧めします。

平成29年1月26日判決の事案に携わった際、争点設定や主張立証をどのように組み立てるかかなり悩みましたが、我々弁護士が事前や事後にできる限りの工夫をすることが納得できる結論を得るために必要であることを加藤教授の論考は示唆しており、弁護士の役割の重要さを改めて感じます。

弁護士 林 康司