Entire Agreement 条項(完全合意条項)の効力、日本法との違いの程度

完全合意条項の効力、日本法との違いの程度

話を元に戻して、完全合意条項です。前ページで説明したとおり、Parol Evidence Ruleの伝統的な考えによれば、契約が完全合意の場合は口頭証拠や外的証拠はすべて排除されます。したがって、伝統的な考えを前提にすれば、契約に完全合意条項を規定し、完全合意であることを確認しておけば、口頭証拠や外的証拠は排除できることになり、その効果は絶大ということになります。

しかし、既に説明したとおり、Parol Evidence Ruleを伝統的な形で適用しているコモンロー法域は現在ほとんどありません。前提となっているParol Evidence Ruleがこのような調子ですので、完全合意条項に絶対的な効力を認める法域はほぼないと言ってよく、各法域で多くの例外が認められており、実際、完全合意条項の効力をめぐる紛争も少なくありません。各法域でどのような例外が認められているかの説明は省きますが、ここではユニドロワ原則について触れておきます。

ユニドロワ(UNIDROIT)国際商事契約原則

ユニドロワ(UNIDROIT、International Institute for the Unification of Private Law、私法統一国際協会)は、その名のとおり、各国の私法の統一・調和を目的に、1926年に国際連盟の下部機関として創設され、現在は独立した国際的な政府間機関です(本部はローマにあります)。現在63ヶ国が加盟しており、1954年加盟の日本は古参メンバー国の一つで、そのことを誇りに思います。

ユニドロワは様々な国際条約を起草していますが、その一方で、1984年から各国代表からなるワーキンググループにおいて「国際商事契約原則(Principles of International Commercial Contracts、ユニドロワ原則)」を作成し、公表しています。ユニドロワ原則は、法的拘束力のある条約・法令ではなく、国際的に通用する「契約法の一般原則」を条文化したものです。最新版は2016年版で、ユニドロワのウェブサイトからダウンロードできます(⇒リンク)。また、内田貴先生をはじめとするチームが作成した2010年版の日本語訳もユニドロワのウェブサイトからダウンロードできます(⇒ダウンロード)

ユニドロワ原則は、日本の民法改正にも影響を与えており、国際契約について考える上での多くの示唆も含んでいますが、その点はひとまず措いて、完全合意条項に戻ります。ユニドロワ原則は、その2.1.17条で完全合意条項について次のように規定しています。

第2.1.17条(完結条項)
書面による契約中に,当事者が合意した内容は当該書面にすべて示されている旨の条項が存するときは,先行する言明または合意についての証拠により,その契約内容が否認されまたは補充されてはならない.ただし,それらの言明または合意は当該書面を解釈するために用いることができる.

このユニドロワ原則2.1.17条が述べるところは、多くのコモンロー法域において既に承認されているものといえます。つまり、完全合意条項の効力として、契約書以外の証拠で、契約内容を否定したり、補充(付加)することは許されないが、契約を解釈するために契約書以外の証拠を持ち出すことは許されると考えられます。

翻って日本を考えると、当事者の意思解釈の問題として、契約書が作成されている場合に、契約書以外の証拠を用いて契約内容を否定したり補充(付加)することは現実的にかなり難しく、その一方で、契約を解釈するために契約書以外の証拠を用いることは普通にありうることです。

こう考えてくると、法的効果という次元において、英米法系と大陸法系で本質的な差異はないように思われ、ユニドロワ原則2.1.17条は両法系の公約数的解釈を示していると考えられます。少なくとも、Parol Evidence Ruleや完全合意条項をもって日本法とは違う絶対的な大原則かのように捉えることは危険だと思われます。

英米法と日本法

Parol Evidence Ruleの変化の背景は、手続的な正義(手続上のルールの重視)から実体的な正義(何が真実かの重視)へのシフトだと述べましたが、別の見方をすれば、英米法(コモンロー)の大陸法(シビルロー)への接近とも言えます。なお、これはEUの歴史の中でも見られた現象であり、英国の法律家が「我々はシビルローに負けた」と言うのを聞いたこともあります。或いは、英国のEU離脱 – 英国人の自尊心の危機 – の一因かもしれません。

日本の英文契約実務では、ともすると英米法と日本法の違いが強調されがちですが、場合によっては誤った先入観に陥ることになりかねませんので注意が必要です。過度に違いを強調するのではなく、現実や実態に即して考えることが重要です。

弁護士 林 康司