Entire Agreement 条項(完全合意条項)の効力、日本法との違いの程度

契約のいわゆる一般条項の一つとして英文契約でよく見られ、最近は邦文契約でも見かけることのある条項として、Entire Agreement 条項(エンタイア・アグリーメント条項。完全合意条項)があります。 Integration 条項、Merger 条項と呼ばれることもあります。具体的には、次のような条項です。

“This Agreement contains the entire agreement of the parties with respect to the subject matter of this Agreement, and supersedes all prior negotiations, agreements and understandings with respect thereto.” (本契約には、本契約の目的事項に関する両当事者の完全な合意が含まれ、これに関するそれ以前のすべての交渉、合意及び了解に優先する。)

簡単に言うと、契約の内容は、契約書に記載された内容がすべてであり、契約前になされた協議、合意、確認等の内容は契約に影響を与えないという条項です。

英文契約の実務に携わる方の中には、完全合意条項は英米法(コモンロー)における大原則の現れであり、日本法のような大陸法(シビルロー)との大きな相違であると考えていらっしゃる方が多い気がします。また、そういったことが書かれた記事や文献も目にします。今回は、この相違について少し考えてみたいと思います。

Parol Evidence Rule

英米法には、Parol Evidence Rule(パロール・エヴィデンス・ルール。口頭証拠排除原則)という概念があります。これは、合意内容が契約書という形で確認された場合、合意の内容や効力を議論する際に口頭の証拠や契約書以外の外的な証拠(電子メールのやりとりなど)は持ち出せないというルールで、完全合意条項の前提になっている概念です。

Parol Evidence Ruleの下では、契約が「完全合意」の場合は口頭証拠や外的証拠はすべて排除され、契約が「部分合意」の場合でも契約内容に反する口頭証拠や外的証拠は排除されます(契約内容に反しないものは許容されます)。この効果、特に完全合意の場合の効果は確かに強力です。例えば、契約条項の意味が著しく曖昧な場合には口頭証拠や外的証拠が例外的に許容されますが、「著しく曖昧」から分かるとおり、例外はかなり限定的です。これがParol Evidence Ruleの「伝統的な考え」です。しかし、実は現在、このようにParol Evidence Ruleを強く捉える法域は、コモンロー系法域である米国各州や英連邦各国の中にごく少数しかありません。

近年は、ほとんどのコモンロー法域でParol Evidence Ruleには数多くの例外があり、むしろ原則と例外が逆転し、「口頭証拠排除原則」から「口頭証拠許容原則」になっています。例えば、たとえ契約が完全合意で、かつ、契約条項が一見曖昧でなくとも、口頭証拠や外的証拠がそれと異なることを示している場合には、口頭証拠や外的証拠を提出することができるとされています。その背景は、手続的な正義(手続上のルールの重視)から実体的な正義(何が真実かの重視)へのシフトです。これが、現時点におけるParol Evidence Ruleの位置づけです。

この背景を踏まえて、次ページでは完全合意条項について検討します。