英文秘密保持契約(NDA)における違約・救済の条項

アメリカ、イギリス、シンガポール、香港といった英米法系の当事者から示される秘密保持契約(Non-Disclosure Agreement, NDA)における違約・救済の条項には、少し特殊なところがあるためよく質問を受けます。

例えば、次のような条項です(和訳は付けませんが、Google翻訳での和訳でも十分理解できると思います)。なお、Party Aが情報を開示する側、Party Bが情報を受領する側です。

「Party B acknowledges that money damages and remedies at law may not be an adequate remedy for the breach of any of the provisions of this Agreement. Accordingly, without prejudice to any other rights and remedies it may have, Party A shall be entitled to the granting of equitable relief (including without limitation injunctive relief) concerning any threatened or actual breach of any of the provisions of this Agreement.

Party B shall indemnify and keep fully indemnified Party A at all times against all liabilities, costs (including legal costs on an indemnity basis), expenses, damages and losses (including any direct, indirect or consequential losses, loss of profit, loss of reputation and all interest, penalties and other costs and expenses suffered or incurred by Party A) arising from any breach of this Agreement by Party B and from the actions or omissions of any representative of Party B.」

この後半部分は、違反した場合の損害賠償のことを言っていることは分かると思います。上の例では損害の範囲が非常に広く規定されていますが、「契約違反から起因した(arising from any breach of this Agreement)」という因果関係の要件もかかっています。損害の範囲が広く規定されていることが気になるところですが、守秘義務違反については、違反行為と損害との間の因果関係を立証できる範囲が現実的にはかなり限定されていることも踏まえて、実質的なリスクの判断をすることになります。

本日の本題は上記の条項の前半部分です。

英米法では、基本となるのは「コモンロー」という古い時代からの裁判例が集積された法体系です。このコモンローの下では、契約違反に対する救済は事後の損害賠償請求だけです(上の条項で「money damages and remedies at law」とある部分です)。しかし、事の性質上、守秘義務の違反は、後から損害賠償をもらっても意味がないことが多いです。そこで、守秘義務違反行為を直ちに止めさせるための差止請求(injunctive relief)を法的に認める必要があるのですが、英米法ではこれは「コモンローの例外」という(我々から理解できないほど)とても重要な問題です。このコモンローの例外としての救済(equitable relief)の法体系を「エクイティ」と呼びます。

上の条項の前半部分は、要するに、コモンローでは救済が不十分であるので、エクイティに基づく救済もありうることが書いてあるだけです。日本法の下では、事後の損害賠償請求のほか、差止請求も法令に基づいて同等に可能ですので、契約の中にコモンローとその例外であるエクイティという法体系に関するストーリーのような条項が出てくると??と感じやすいのだと思います。

理解をした上でこの条項を受け入れるかについては、そもそも守秘義務の違反をしないことを大前提に、仮に偶発的に違反となってしまった場合にも差止請求まで進んでしまうことは現実的には想定できない(それ以前の段階で解決できる)という前提で、上記のような条項を受け入れることは可能と普通は考えられると思います。

弁護士 林 康司